JAグループ北海道

食と農でつながるニュース

北海道南西沖地震から25年 酒発酵町復興/奥尻島

2018.08.31

 津波や火災により甚大な被害が発生した1993年7月の北海道南西沖地震から25年。約200人の死者・行方不明者が出た北海道・奥尻島では地域が一体となり復興に取り組み、ワイン造りが新たな産業として定着。島外から就職して定住する人も出てきた。生産者や町、JAなどが連携し、地元産の米を使った日本酒造りなども進む。震災を経て生まれた固い結束で、住民らは人口減少や高齢化などの課題に立ち向かっている。

・ワイン 雇用創出、移住も

 推定震度6の揺れに襲われた奥尻島では、津波や火災が発生して被害が全島に及んだ。基幹産業の漁業は津波で施設が損壊。多くの島民が仕事を失い、生活再建が大きな課題となった。JA新はこだて奥尻事業所の佐々木斎所長は「JAの建物も外壁以外、全て流された。伝票を一枚でも回収しようと土砂の中から拾い集めた」と振り返る。

 地元の建設会社で社長を務めていた海老原孝さん(63)は、仕事を失った漁民らを復旧工事で雇用した。98年に奥尻町が「復興宣言」すると、海老原さんは「雇用の受け皿となる産業が必要」と判断。新たにブドウ栽培に着手した。

 ヤマブドウの栽培を経て2001年にワイン専用種の育成を開始。08年にワイナリーを建て、「奥尻ワイナリー」を創業した。栽培面積は現在、27ヘクタールまで拡大した。

 同社は海老原さんの他、社員8人と季節雇用で運営。復旧工事で雇った社員も残る。繁忙期には、海老原建設などから人手を融通する。ワインは昨年、約5万本を製造。全国へ販売した。

 2年前から、島外の30、40代3人が入社するなど、ワイナリーを軸に移住者が増える兆しもある。海老原さんは「25年は長い道のりだった。島の産業を生み出そうと、社員が必死に努力した成果だ」と話す。

・日本酒 米と水地元産で

 地場産の米と島の水を使った日本酒「奥尻」を造る取り組みも進む。原料の酒造好適米「吟風」は、海老原浩さん(57)が栽培する。酒造会社の小林酒造(北海道栗山町)に、酒米とともに3トンの水を供給している。

 昨年は4.8トンの米で7000リットルを製造した。評価は高く、今年は昨年より製造を約3割増やす考えだ。今年から新たに1戸が酒米作りに加わり、6トンの収穫と約9000リットルの生産を見込む。

 地場産酒をPRするため、町は16年に「奥尻島地酒で乾杯を推進する条例」を制定した。島では明治時代、不漁の際に漁師が飲酒に走ったことから「禁酒令」を出したとされる。今回は、その歴史を逆手に取った。町は「日本酒もワインも『奥尻』の名前が付く。ブランド力を高め、次の世代につなげたい」とする。

 日本酒やワインは、6月下旬の「奥尻ムーンライトマラソン」の前夜祭で振る舞った。札幌市から参加した佐々木公さん(44)は「奥尻島の取り組みは、復興や人口減少対策の先駆例として大きな希望になる」とエールを送る。

 町には震災時、農家が約30戸いたが、現在は15戸まで減少。一方、地元の奥尻高校は昨年から生徒の全国募集を始め、島外から約20人が入学した。町は生産者を講師にした課外授業を開き、担い手育成に動き始めている。

掲載日:2018/07/17(火) 掲載元:日本農業新聞 掲載面:総合社会12版